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和の雑学

なぜ美男子を「二枚目」と言うの?
江戸時代の歌舞伎では演じる役が決まっていて色男役はいつも色男役、おどけ役いつもおどけ役と決まっていました。
 芝居小屋の前には名を書いた看板を並べ、このとき一枚目が主役、二枚目に色男役を演じる俳優の名を、おどけ役を演じる俳優は三枚目に掲げる習慣があり、こうしたことから色男は二枚目、おどけ役は三枚目と呼ばれるようになりました。
「御中」の使い方
御中とは、直接書状を出しにくい程、身分の高い人に対して配下の人を通して差し上げるという意味で、宛名の脇に添えた言葉として用いられ「個人宛ではない手紙」の敬称として用いられ、「御中」を使うのは団体や会社宛の場合で「○○株式会社」御中となります。
 会社の担当者に出す場合は、御中はつけず「○○会社 ××様」とします。
正座
正座が始まったのは、約300年ほど前で、それまでは “あぐら” が当たり前でした。十二単衣や神主のきものが大きく開くようにできているのは、そういう意味もあります。女性は片ひざを立ててあぐらを組み、男性は両あぐらを組んでいました。
  あぐらが正座に変わる原因となったのが「茶の湯」です。最初はあぐらのままでした。茶室でのもてなしが主流になると、狭い茶室であぐらはスペースをとり、何人も座れず正座の座法になりました。
  また、正座では一挙動では立ち上がれません。だから反攻撃的な座法であることから、無抵抗の意味を示すことになります。
  広く一般の人々にいきわたり相手に対して敬意と従順を表すことから、正座が礼法に定着しました。今でも皇室の儀式の折や神社の人々は、あぐらの伝統を継承しています。
結婚式で「お色直し」をするのは?
戦前まで結婚式は新郎の家で行なわれており、新婦が持参した花嫁道具の衣装を着てお披露目をした名残りです。
 奈良時代から明治時代にかけて婚礼衣装は白装束でしたが、新婦は結婚して3日間は白装束で過ごし4日目から「婚家の家風に染まった」という意味で色物の 衣装を着けることが許されたという説もあります。打掛から振袖へ、振袖から最後に既婚者という意味で黒地のきものを着るのが一般的でした。
回転寿司が右回りなのは?
1. 右手で箸を持つと左手で皿を取るから
2. 右目が利き目という人が圧倒的に多く右から近づくと認識しやすい
3. 左の方へ流れ自分から遠ざかるほど食べたい気持が募る
それで売上げが伸びるそうです。
お酒を飲めない人をなぜ「下戸」という
下戸という語呂は古代の律令制からきています。上戸は一つの戸内に6~7人の成人男子がおり、婚礼に用いてもよい酒量が上戸は多量だったのに対し、下戸は 一つの戸内で最後に酒が回ってくるため、たとえ飲みたくても少量に制限されてしまいました。この酒量の多寡(たか)を転用し、下戸は酒が飲めない人、上戸 は酒の好きな人を言うようになったのです。
お茶
 お茶は奈良時代中国から輸入され、栽培され始めたのは平安時代で、弘法大師が唐よりお茶の種を持ち帰ってからです。禅僧が修行のとき、朝晩の食事の時に腹 が減り精神の集中ができないときにお茶を飲みました。お茶には興奮剤が含まれ、頭がスッキリします。また、タンニン効果によって消化酵素を抑制するので食 事を余り取らなくてもすみ、ビタミンCも含まれ、薬用効果もあるわけです。当時のお茶は大変濃く、胃を傷つけるので、食事や菓子を食べるようにしました。 これが「懐石」というもので、茶道の発達と共に作法となり、やがて「懐石料理」という料理形式となりました。